神仏習合
Shinbutsu-shugo (Shinto-Buddhist Syncretism) (しんぶつしゅうごう)
千年以上続いた神道と仏教の融合・混淆
神仏習合は、6世紀の仏教伝来から明治の神仏分離令(1868年)まで千年以上にわたって日本の宗教生活を特徴づけた、神道と仏教の融合・混淆を指す。この期間、神と仏は別の宗教に属するものとしてではなく、しばしば同一の施設の中で併せて崇拝された。
この融合を理論づける枠組みにはいくつかの形態があった。本地垂迹(ほんじすいじゃく)説は、日本の神は普遍的な仏の仮の姿(垂迹)であるとした。この見方では、天照大御神は大日如来の化身と理解された。神宮寺(じんぐうじ)は神と仏像を共に安置し、僧侶が神前で読経した。
これは周辺的な現象ではなかった。日本の歴史の大部分において、「神道」と「仏教」を別個の宗教として区分するという発想自体が庶民の意識にはなかった。明治の神仏分離は政治的動機に基づく急進的な行為であり、今日我々が用いるカテゴリーを創出したものである。多くの日本人が神社にも寺院にも違和感なく通い、一部の聖地に習合時代の痕跡が残る理由を理解するには、神仏習合の知識が不可欠である。